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【大会名】富士山マラソン
【開催日】2013年11月24日(日)

Tさん

今回の記録 5時間37分29秒。もちろんワーストタイム更新。
でも、最後まであきらめずに走り続け、泣き笑いでゴール。また一つ完走メダルが増えた。

今までで一番可愛いメダルと完走賞のミサンガ。
帰宅後の我が家でことの顛末を話すと、夫:なんでやめなかったの。次男:潮時なんじゃない。長男:また強くなっちゃったね。
でも、このメダルを見せたとたん、みんな口を揃えて「これ、いいじゃん!!」

昨年はスタートに間に合わない人が続出した富士山マラソン。
私は河口湖1周の部に参加。スタート5分前に到着し、
ゼッケンをつけながら走り始めた勢いで自己ベストのラップを刻んだ場所。
今年は、前日入りできるmizunoのツアーに申し込んだ。
日頃から練習でお世話になっている西岡コーチがレースに出ること、
昨年の一般の部優勝者の内野コーチと一緒に練習できること、
駅伝で知り合った憧れの彩子さんがサブ4のペースメーカーをすること等魅力がいっぱいだった。
西湖のほとりにある宿泊先のホテルはとてもきれいで、目の前に温泉もあり大満足。

紅葉はまさに見頃。西湖コースの下見で、バンクの多い荒れた路面の走り方を教えてもらいながら7km程走る。
湘南が終わって中2週間、途中で10kmペース走や1000mインターバル等の練習を入れながらも、
休息は十分できた。四万十以来痛めていた左膝もほぼ完治し、前日練習で、足への不安は落ち着いた。
この1週間は食事や水分摂取に気を使い、風邪の予防を心がけていたし、仕事はハードだったが、
睡眠時間はしっかりとれていた。ホテルの夕食は、豊富なメニューのビュッフェスタイル。
おかわりしたい気持ちを抑え、バランスよくいただいた。今回は友香ちゃん、
なおちんと一緒の3人部屋。到着後から仮装大会に始まり、fbで清水さんや今野さん達とメッセージ交換をして楽しく過ごした。
過度な緊張感もなく、
体調も良く、早めの就寝、これでレースを楽しむ準備はばっちりだと思っていた。

22時には就寝していたが、悪寒と吐き気で目覚めたのは0時頃。
全身が汗でびっしょり、熱くて寒くて気持ち悪い、おなかが痛い。
トイレに行ってすぐベッドへ戻ったが、苦しくて眠れない、食中毒の症状だ。
起床時間までに、スタート時間までに悪いものが出てしまえばなんとかなる。
祈るような思いで、眠れない夜を過ごした。5時過ぎ、なんとか起きようとしたもののまだ体が熱い。
朝食は全く食べれず、食堂から部屋へ戻り出発ギリギリまで横になっていた。
棄権という言葉が浮かんでは消えた。西湖は霧に包まれていたが、生江さんから河口湖から見る快晴の富士山の写真が届いた。

スタート時間が近づく。友香ちゃんにもらった葛根湯のおかげか、熱っぽさは少し楽になった。
せっかく来たんだし、行けるところまで行ってみようと走り始める。でも、腹痛のため、全くスピードは上がらない。
5km地点のエイドを通過したとたん、水のにおいにたまらず?吐。うあわーごめんなさいという気持ちと、
胃が少し軽くなりほっとした気持ちが交差する。もう少しだけ行ってみようと走り出したが、
身をよじりたくなるような腹痛のなみがやってきた。次のエイドまでは持ちそうもない、リタイヤしようと思った。
救護の人を捜しながらゆるゆると進むが、見当たらない。それどころか応援の人で道路はいっぱいになっている。

10kmを通過し、河口湖に戻ってきた。再びエイドの通過にあわせてニオイに反応・・・サブ4どころか完走なんて無理だし、
とにかく横になりたいと思っていたところで、搬送車を発見。
スタッフの人に体調が悪いため棄権したいと申し出て道路に座り込む。
ところが、なんとまさかの放置状態。動けるまで待って再び声をかけたところ「ここでは何もできないんで、
4km先に救護所がありますから。」「スタート地点まで、ここから5kmくらいだけど、
最終ランナーが通過するまで逆走はできませんよ。」進むしかないんだ!とヨロヨロと起き上がり歩き出した。

走ったり、歩いたりを繰り返しついに救護所が見えた。動けなくなったランナーがあふれて、
テントの周囲にうずくまっていたり横になっている。明らかに人手も物資も足りない。
声をかけられなかった。戻れないなら進むしかない。でもスタート地点からどんどん遠ざかる。
間もなく20km、西湖への分岐点が近づく。この1キロの坂を登ればハーフだ。時計を見ると2時間40分。
3時間以内で折り返せれば、完走できるかも・・・ウエストポーチをはずし、帽子を脱ぎ、手袋を外し、体を緩めて進み続けた。

ハーフラインを3時間以内で通過した。最大の難所の坂道を登りきったところで西湖を回ってきたサブ4ペースメーカーの
彩子さんが見えた。一緒に走りたかったな・・・ここで気持ちを切り替えた。完走めざそう!!もう、あきらめないぞ。
ちょうど西湖が見えてきた。

25km、昨日走ったところまで来た頃には眠気との戦いになった。持参してきたジェルは体が受け付けない。
なおちんにもらったトローチでしのいだ。ゆるゆる走って、歩いてを繰り返し間もなく西湖の一番奥、
折り返しが近づいてきた時に大きな叫び声が聞こえてきた。え、制限時間?関門?すっかり失念していたし、
ぼーっとした頭では何のことかすぐに理解できなかった。周りの人は疲れた顔をして歩いている・・・ヒャーッ!!関門!!
その時走れた最速のスピードで第1関門を通過した。そして、走り続けていることをLINEで友香ちゃんに報告した。

目が覚めた。吐き気も治まってきた。水が飲みたいと思えた。周りの人の話し声で第2関門までの時間と距離がわかった。
5kmを30分で通過しなければならないらしい。今日の自分には果てしなく遠い目標に思えた。
制限時間に間に合わなかった人たちを乗せたバスが戻って行った。ここまできて収容されたらたまらない。
歩くより走る時間が長くなってきた。
少しずつリズムが戻ってきた。第2関門はあと30秒を残して通過した。

3時までにゴールすれば完走だ!と思っていたが、それでは関門を通過できずに収容されてしまう。
周囲の人達も走り出す人が増えてきた。噂に耳を傾け、給水所で時間を確認しながらとにかく走った。
前半ほとんど走れなかったので足は全然残っている。おなかの不快感は残っていたが水が飲めるようになっていた。
次の給水所まで、次の距離表示までと気持ちをつないだ。ウルトラの経験が生かせたかもしれない。
残り二つの関門もカウントダウンの声が響く中を通過した。

ゴールまで後一息。最後が長くて気持ちが負けそうになった時、オレンジ色の湯藤さんが見えた。大きな声で叫ぶと、
湯藤さんはゴールの直前まで一緒に走ってくれた。そして優しく見送ってくれた。
ゲートの向こうに心配そうな顔をしたコーチ達が見えた。もどってこれた!!
泣き笑いで万歳をして最後はフィニッシュラインをゆっくり踏みしめた。

今回のレースは、フルマラソンにときめきを失いかけていた私に、神様がくれたチャンスに思えました。
とても苦しかったけど、まだまだ走っていたい、もっと速く走れるようになりたいとやっぱり思っています。

【コメント】
コンディションの悪い状態での完走。
ベストコンディションでさえ、フルマラソンはつらく苦しいものです。
フルマラソンにまたトキメキを取り戻して、自分のペースでがんばってくださいね。
Tさん、ありがとうございました。


富士山マラソン
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